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2004.08.09

斎藤和志をソリストに迎えてモーツァルトのフルート協奏曲を演奏したお茶の水OBオーケストラにアマオケの理想像を見た

8月1日、目黒パーシモンホールにて、お茶の水OBオーケストラの演奏会を聴く。

「お茶の水OBオーケストラ」というのは、東京医科歯科大とお茶の水女子大による合同オーケストラである「お茶の水管弦楽団」の出身者からなるオーケストラである。
(続く)

続き。
お茶の水OBオーケストラの演奏会を聴きに行くのは2回目。前回はギタリスト河野智美さんがロドリーゴ「アランフェス協奏曲」を演奏した際聴きに行った。アマオケで協奏曲をやること自体、わりと珍しいと思うのだけど、ギター協奏曲となると本当に貴重。「アマオケでアランフェス」という興味が先にあって、実はうちの大学のOBオケだったというのは偶然なのだ。

そして今回は斎藤和志さんをソリストに迎えたモーツァルト。斎藤和志さんといえば、知る人ぞ知る実力者である。単にコンクール入賞歴が豊富だとかオケの首席奏者として活躍されている、というだけではない。現代音楽の分野でも芸大の先輩である木ノ脇道元さんと並んで若手筆頭格だ。

問題は、そういう実力者でも協奏曲のソリストを務める機会は非常に少ないということ。斎藤さんはクラシック業界内やフルート愛好家の間では有名だけど、一般的な知名度はあまり高くないだろう。僕だって知人に教えてもらわなかったら特に注目はしていなかったかもしれない。協奏曲のソリストというのはそのコンサートの一つの"看板"であり、商業的なコンサートでは知名度も重要になる。これはまさにアマオケならではの企画なのだ。

演奏については偉そうに批評できる立場ではないけど、「なんて美しいフルートの音色だろう」そしてなにより「なんて美しいモーツァルトだろう」と心から思ったことだけは述べておく。ここまでのライブレポートをある程度読んだ人ならおわかりだろうが、僕は普段モーツァルトを聴いて素直に感動するような人間じゃないのだ!

アランフェスも嬉しかったが、今回の企画・人選にはあらためて最大級の賛辞と謝辞を贈りたい。プロによる演奏会ですら、演奏者の自己満足になっていると感じることがある。アマチュアは演奏そのものを楽しめればいいのかもしれない。でもアマチュアで非営利だからこそ実現し得ることというのもあって、彼らはそれを見事にやってのけたのだ。素晴らしい。

ちなみにこの日のメインは後半のブラームスだったから、あまり協奏曲のことばかり褒めるのは失礼なのかもしれない。でも、こういうセンスを持った人たちのブラームスだからこそ聴いてみたいじゃないですか。もちろん、とても心地よく聴けました。出演者の多くは社会人で、特に医科歯科のOBは医療に携わる方々である。激務の合間を縫って練習を積まれてきたことも尊敬します。お疲れ様でした。また聴きに行きます。


蛇足ながら、もし「アランフェス」をはじめギター協奏曲をやってみたいけど有名プロに頼むのは気が引けるしギャラも高そう、でも無名な人だと実力が不安、というアマオケ関係者の方がおられたら喜んで相談に乗りますのでぜひご連絡ください(メールアドレスはプロフィール欄にあります)。

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Tracked on 2005.01.29 at 04:00 PM

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