奥田英朗の直木賞受賞作「空中ブランコ」について少しだけ語ってみたりして
つい数時間前のことである。
電車の中で、若者がケータイで通話していた。これだけなら別に珍しくともなんともない。ところが突然声を荒げてこれを注意するおっさんがいた。
若者は無視した。おっさんは再度注意したがこれも無視。次の駅で若者は、通話を続けたまま降りようとした。
そのときだ。
おっさんはなんと、「やめろと言ってるだろう!」と若者を後ろから突き飛ばした。意表を突かれボー然とする若者。フテブテしさの割には性格はおとなしかったようで、「殴ることないじゃないですか」と力なく言って睨み返すのみ。
僕は思わず座席から立ち上がり、こう言い放った。
「おっさんあんた、正義漢ぶってるけど自分が無視されたのが悔しかっただけだろ?カッコよく注意したつもりだったのにやめてくれなかったから、引っ込みがつかなくなっちゃったんだろ?たしかに電車内での通話はうざったいけど、あんたの暴力を正当化できるほどの大迷惑でもない。しかも相手がひょろっとしたやつだから強気になっただけで、もっと体格のいい若者だったら絶対やれないよな。スーツを着た営業マン風のやつもよく電車内で通話してるけど、いちいち注意してるのか?しないよな。弱そうで明らかに「格下」の人間だからこそ威圧的な態度を取れるんだろ?ダサい。ダサすぎるよおっさん」
今度はおっさんがボー然。二の句が接げない。決まったね。
。。。ウソです。
ほんとは黙って見過ごしました。でもおっさんの暴力は誇張なしの実話。びっくりしたなあ。
ほんとは言いたかったのだ。勇気が無かった。情けない。
前置きが長くなったが、つまり「空中ブランコ」に登場する精神科医伊良部は、こんな風に、普段僕らの心の中でくすぶっている本音を代わりにズバズバ言ってくれる人物である。
いや、言われているのは我々だ。誰しも心当たりがあるようなことばかり。自分こそカッコ悪いオヤジであることを思い知らされる。
なのにちっとも不快でないのは、
「カッコ悪くてもいいじゃんん。つまらない見栄やプライドを捨て、大切なものをしっかり見つめて生きようぜ」
という肯定的なメッセージに繋がっているからである。こうやって言葉にすると実に青臭いが、「笑い」の要素がその青さを見事に覆い隠してくれる。
最後の短編「女流作家」が特に好きだ。なぜ好きか、ということを説明するとネタバレみたいになってしまって面白さが半減しそうなのでここには書かない。読んだ人にだけ説明してあげます。
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