9月21日、大塚グレコにて。
紛れもなく日本を代表するタンゴ・ベーシストの一人である田中伸司さんが「久し振りに喜多君とタンゴをやりたくなった」ということで召集したのがこの日のメンバー。ピアノが青木菜穂子さん、バンドネオン北村聡さん。さすが田中さんだ。最高のメンバーが揃った。
田中さんは京谷弘司カルテットのメンバーとしてタンゴファンに知られているけど、喜多直毅タンゴフォビクスのメンバーでもある。なのになぜ「久し振り」かというと、タンゴフォビクスが実質的に活動休止中だから。喜多さんのライブスケジュールを見ればわかることだが、タンゴの活動自体めっきり減ってしまった。
喜多さんにタンゴの真髄を教わったといっても過言ではない僕としても少々残念だけど、まー喜多さんの才能がタンゴという枠に収まりきらないのだから仕方が無い。そもそも喜多さんがタンゴ以外のジャンルに本格的に手を染めるきっかけのいくつかは僕が作ったものだからなあ。直接的には大泉学園inFのマスター佐藤さんに様々なミュージシャンと共演する機会を作っていただいたのが大きいけど、佐藤さんに喜多さんを紹介したのは僕だからなあ。喜多さんに鬼怒無月さんの作品を演奏させる企画(アサヒビール・ロビーコンサート)の発案も僕だからなあ。今だって喜多さんのタンゴじゃないオリジナルアルバムをプロデュース中だしなあ。(なにげに自慢)
ずっと喜多さんの活動を中心にタンゴを聴いてきた僕も、自然とタンゴを聴く機会が減った。そんな中で、「やっぱりタンゴかっこいいじゃん!」とその魅力を再認識するきっかけを作ってくれたのは青木さん。だからこのお二人が初めて本格的に共演するこの日のライブは、少なくとも僕にとって特別なものだった。
つーかですね、タンゴ界的にもこの組合せに注目しないのはまずいでしょ。だいたい本場ブエノスアイレスで活躍し昨年末帰国した貴重な若手タンゴピアニストである青木さんのライブにタンゴファンが殺到しなかったらおかしい。16日には同じグレコで青木さんのレギュラーカルテットのライブがあったのだけど、客入りがイマイチ。もしこの日も同じような具合だったら、「日本のタンゴ界は間違っちょる!」とコブシを振り下ろして叫びたくなるところだった。
が、さすがに盛況でした。補助椅子まで使い切るような状態。ま、そんなに大きいライブハウスでもないわけだし、こうでなくちゃ困りますよ。
(続く)
続き。
セットリストはeijiさんのblogを参照。
タンゴは基本的に譜面に縛られた音楽である。ジャズみたいなアドリブパートはないから1曲1曲は短く、サクサク進む。たっぷりインプロをやって1set3~4曲で終了、なんてことも多い喜多さんの最近のライブとは全然違う。喜多さんもタンゴフォビクスでは自分のソロパートを盛り込んだアレンジをしたりするのだけど、この日はそれもほとんど無し。青木さんとデュオで演奏した「ロス・マレアドス」のイントロで比較的長めの無伴奏即興ソロを取ったくらいか。
ではこのような正統派タンゴは即興とは無縁なのかというと、そうでもない。よく「譜面通りに弾いてもタンゴにならない」と言われるとおり、譜面に現れない部分を即興的に補うことが求められる。バロック音楽における装飾音に近いかもしれないが、もっと自由だろう。いわゆるオブリガートやメロディのフェイク、効果音的に挿入される特殊奏法等等。
言い換えればそういった部分にこそ奏者の技術と個性・センスが現れるのであり、それを味わうことこそがタンゴを聴くでの最大の楽しみの一つだと思う。
ところが、ヨーヨーマ、クレーメルといったピアソラブームの立役者達は、そこは割り切ってバッサリ切り捨てた。彼らのような一流クラシック奏者に中途半端なタンゴ奏者の模倣も求めるべきではないだろうから、それは一つの見識として間違っていないと思う。しかし同時に、タンゴの「もっともおいしい部分」は置き去りにされたと言えるのではないか。
この日の喜多さんは、とても窮屈に感じていたはずだ。譜面に縛られた中でどこまで自分を表現できるか、ともがいていたに違いない。とても興味深いことだけど、演奏者が自由奔放にのびのびと演奏することによって良い音楽が生まれることもあれば、さまざまな制約の生む緊張感が良い結果を生むこともある。この日はまさに後者のケースで、結果的にタンゴという音楽の、ブームの中で見失われがちだった魅力をより強く感じることができたように思う。
もう一つ特筆すべきと思うのは、リズム面について。以前鬼怒無月さんにインタビューしたとき、タンゴの魅力として「打楽器無しで生み出す強力なグルーヴ」を挙げておられたことが印象に残っている。それを初めからからコンセプトに取り入れたのが、ギター、ベース、ビブラフォンによるトリオ編成のWarehouseであり、さらに押し進めたものがポストタンゴバンド「Salle Gaveau」だろう。ちなみにこの日唯一演奏されたタンゴ系でない曲、鬼怒無月作曲「ワルツ」はSalle Gaveauのレパートリー。
タンゴベーシストとして揺るぎないキャリアを誇る田中伸司さんと、本場ブエノスアイレスでたっぷり2年間揉まれたピアニスト青木菜穂子さんの生み出すグルーヴは素晴らしい。タンゴではピアノが打楽器的な役割も果たすから、ピアノ&ベースのコンビネーションが重要なのだ。お二人は初共演とのことだったけど、個々の能力が高いとこうもガッチリ噛み合うものですかね。
注意して欲しいのは、ここでいう「グルーヴ」とは、いわゆる「ノリがいい」状態とはちょっと違うのである。わかりやすいのは、これでもかというくらい伸び縮みするテンポが圧巻だった「ノクトゥルナ」。編曲は青木さん。単に速くなったり遅くなったり、ということではなくて、ぐにゃぐにゃに揺れる。基礎になるリズムがあってその上で揺れるんじゃなくて、4人一体になって揺れるんですよ。他のジャンルではちょっと見られない手法だと思うのだけど、これがまた心地良いんですな。と言われてもなかなかピンと来ないと思うので、是非青木さんのライブで体験してください。次回は10月28日、南青山マンダラにて。
おっと青木さんの宣伝ばかりしてたら喜多さんに怒られるかな。喜多さんのタンゴ演奏は年内はもうないかと思っていたら、10月9日に下北沢レディジェーンで津山知子さんとのデュオ。長年のパートナーだけに、この日とはまた違うタイプのイキのいいタンゴが楽しめるはず。バンドネオンの北村さんは青木菜穂子クァルテートにも参加する他、会田桃子クアトロシエントスでも活躍。大編成による10月25日のオルケスタ・クアトロシエントス@江古田BUDDYは特に注目。
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